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三大プロジェクトとグループ事業の拡充

昭和47年~61年

 昭和48(1973)年秋に発生した石油危機を契機に、日本経済は高度経済成長から安定経済成長に移行した。深刻なエネルギー不足・物不足と急激なインフレにより、49年度は戦後初のマイナス成長に陥り、その後も景気は低迷した。このような状況のもと、日本の産業界は、省エネルギー、省資源、減量経営への体質転換を図り、国際競争力を高めていった。50年代後半には、円安・ドル高のなかで輸出主導型の経済成長を果たし、国内景気も回復傾向に移っていった。しかし、60年9月の「プラザ合意」以降は円高不況に陥り、日本経済は内需拡大へと方針を転換した。

 当社では、昭和48年5月、佐伯勇社長が会長に就き、今里英三副社長が社長に就任した。52年6月には富和宗一副社長が社長に、56年6月には上山善紀副社長が社長に就任した。今里社長は石油危機後の不況下で収益拡大や合理化に取り組み、富和社長は自己資本充実による企業体質強化に努め、後述する「三大プロジェクト」の準備を着々と整えた。これを受けて、上山社長は積極経営を打ち出し、「三大プロジェクト」を実現していった。

複線化工事を行う新青山トンネル東抗口と滝谷川橋梁の建設現場
複線化工事を行う新青山トンネル東抗口と
滝谷川橋梁の建設現場

 鉄軌道事業では、輸送力増強および運転保安度向上のため、主要路線の残存単線区間複線化と立体交差化を推進した。複線化については、昭和50年11月に新青山トンネルの建設を含む大阪線単線区間複線化工事を、12月には鳥羽線複線化工事を完了し、主要路線の複線化が実現した。立体交差化は沿線自治体の都市計画事業として施行され、近鉄四日市駅付近など3カ所の連続立体交差化工事、矢田駅付近など3カ所の単独立体交差化工事を実施した。さらに、62年12月に大阪阿部野橋・針中野間が高架化され、大阪市内では当社線と道路との平面交差はすべて解消された。このほか、車両冷房化率向上などのサービス改善工事の推進や、省エネルギー型車両の開発のほか、「サニーカー」と呼ばれる新型特急車を投入するとともに、伊勢志摩への旅客誘致を目的に3代目となる「ビスタカー」の運行を開始した。また、駅の自動改札システムの実用化および運輸営業システムの整備は、駅業務の省力化に大きく貢献した。

サニーカー(12400系)
サニーカー(12400系)

 この時期における当社の代表的な大規模整備事業は、東大阪線((現)けいはんな線)建設、上本町ターミナル整備、阿部野橋ターミナル整備の「三大プロジェクト」である。

3代目ビスタカー(30000系)
3代目ビスタカー(30000系)

東大阪線開業での祝賀列車出発式(新石切駅)
東大阪線開業での
祝賀列車出発式(新石切駅)

 東大阪線は輸送力の限界に達していた奈良線の混雑緩和を目的として、都市交通審議会の答申第13号に基づき建設計画が策定された。東大阪市長田と生駒駅とを結ぶ10.2kmの路線である。東大阪線は当社全額出資で設立された「東大阪生駒電鉄株式会社」が建設工事を担当し、昭和61年10月に開業した。路線開業にあわせて、大阪市交通局(当時)との相互直通運転を大阪港・生駒間で開始した。

上本町ターミナルビル(昭和57年ごろ)
上本町ターミナルビル(昭和57年ごろ)

 上本町ターミナル整備は、昭和48年6月にターミナルビルの竣工により第2期工事が完成していた。50年代後半には「三大プロジェクト」の一つとして、ホテル、劇場を含んだ総合的な整備計画を策定し、60年10月には都ホテル大阪、近鉄劇場などが開業した。阿部野橋ターミナル整備は、大阪阿部野橋・針中野間の連続立体交差化工事とともに実施され、63年11月に阿部野橋ターミナルビルの増築工事が完了した。両ターミナルの本格整備は地域活性化に大きく貢献するとともに、近鉄百貨店上本町店、同阿倍野店の営業面積の大幅な拡大に寄与した。

 

 百貨店事業では、機動的な経営戦略を専業体制で推進するため、昭和47年4月に「株式会社近鉄百貨店」を設立し、6月、当社の百貨店事業を同社に譲渡した。49年5月には吉祥寺に百貨店を開店し、東京進出を果たした。そのほかにも枚方丸物の開業や四日市近鉄百貨店の増床、近商ストアの出店など、流通グループは各地域で事業展開を図った。

都ホテル東京((現)シェラトン都ホテル東京)
都ホテル東京((現)シェラトン都ホテル東京)

 ホテル事業では、近鉄・都ホテルチェーンの展開を進め、「博多都ホテル」((現)都ホテル 博多(2019年秋開業予定))、「沖縄都ホテル」(2018年1月閉鎖)、「新・都ホテル」((現)都ホテル 京都八条)、「四日市都ホテル」((現)都ホテル 四日市)などを次々と開業した。昭和54年7月には首都圏への本格進出となる「都ホテル東京」((現)シェラトン都ホテル東京)が、60年10月には「都ホテル大阪」((現)シェラトン都ホテル大阪)がそれぞれ開業した。

 昭和46年度から61年度にかけて、当社の営業収益は627億円から2.9倍の1,794億円に、営業利益は142億円から1.7倍の248億円にそれぞれ増加した。鉄軌道事業では、61年度の旅客収入は46年度の3.5倍となる1,361億円となった。この間、鉄軌道従業員数は9,000人台と横ばいで推移し、61年度には9,588人であった。鉄軌道従業員1人あたり旅客収入は、61年度には46年度の3.6倍と増大した。高度経済成長期と比べると伸び率は鈍化したものの、当社は着実な成長を続けていた。

 関西大手私鉄5社全体に占める当社の旅客収入構成比をみると、昭和46年度は38.8%、61年度は42.2%と上昇している。一方、当社の鉄軌道従業員1人あたり旅客収入を、当社を除く関西大手私鉄4社平均と比べると、46年度は上回っていたが、61年度には下回ることとなった。

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鉄軌道線の推移(9)

出典:近畿日本鉄道100年のあゆみ

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