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近鉄資料館

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吉野線路線の履歴書

吉野線
橿原神宮前~吉野
25.2キロ 1,500V 狭軌

1928(昭和3)年全通開業当時の吉野駅
1928(昭和3)年全通開業当時の吉野駅

太閤さんも花見をした吉野へ鉄道で行けたら・・・ 庶民の素朴な願いを実現しようと、吉野鉄道が取り組んだのは明治末年のことでした。1912(大正元)年10月、吉野川沿いの吉野口~吉野(現在の六田)間を蒸気機関車で開業しました。しかし、六田の渡しからでも吉野山へは結構遠く、大阪や奈良から行くにはまだまだ不便でした。1923(大正12)年12月に吉野口~橿原神宮前間を開業するとともに全線を電化。翌年11月に橿原神宮前~畝傍間、そして1928(昭和3)年3月六田~吉野間をそれぞれ開業。翌年には大阪鉄道と相互直通運転を実施。これにより大阪阿部野橋と花の吉野山は1本のレールで結ばれました。

電化当時に新造した電気機関車。のちの当社デ81
電化当時に新造した電気機関車。のちの当社デ81

1929(昭和4)年8月、当社の前身である大阪電気軌道(大軌)が吉野鉄道を買収しました。合併後は吉野線として営業し、1941(昭和16)年3月橿原神宮前~畝傍間3.4キロは小房線と改称。小房線は1945(昭和20)年6月運輸営業を休止、国鉄貨物の運行のみを扱い、その後復活されないまま1952(昭和27)年4月に廃止されました。

吉野まで全通当時の路線図
吉野まで全通当時の路線図

思い出の車両 モ5151形

製造間もない頃のテハ1形。ラセン連結器と円板型の緩衝器が見えます
製造間もない頃のテハ1形。
ラセン連結器と円板型の緩衝器
が見えます

1923(大正12)年11月、吉野鉄道(現 吉野線)が橿原神宮前~吉野口間の電化時に新造した木造電車。当時の形式はテハ1形。集電装置にパンタグラフを使用し、車体の正面は平面3枚窓の非貫通式で、16メートル長、片側3扉。6両製造し、近鉄に合併後はモ5151形に改称しました。1960(昭和35)年から1961(昭和36)年にかけて廃車しました。

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