近畿日本鉄道ホームページはJavaScriptを使用しています。 お使いのブラウザでは、JavaScript設定が無効になっているためご覧いただけません。 恐れ入りますが、ブラウザのセキュリティ設定でJavaScriptを有効に設定してからご利用くださるようお願いいたします。 設定変更の方法は、下記をご覧ください。
■Internet Explorerの設定方法 (1) Internet Explorerのメニューバーで[ツール]をクリックします。 (2) 表示されるメニューから、[インターネットオプション]をクリックします。  ↓ (3) [セキュリティ]をクリックします。  ↓ (4) AまたはBの方法で、セキュリティレベルの変更を行います。  A:[インターネット](地球マーク)を選択後、[既定のレベル]ボタンを押します。   セキュリティレベルが「中高」に変更になります。 ※ボタンが押せない場合はすでに[既定のレベル]が選択されています。  B:[レベルのカスタマイズ]ボタンを押し、「セキュリティの設定 -インターネットゾーン」を表示。   「スクリプト」項目の[Javaアプレットのスクリプト][アクティブスクリプト][スクリプトによる貼り付け処理の許可]   の設定で、それぞれ[有効にする]を選択します。   [OK]を押すと、[このゾーンの設定を変更しますか?]という警告が表示されるので、[はい]を押します。  ↓ (5) [インターネットオプション]の、[OK]ボタンを押します。 ■Safariの設定方法 (1) メニューの[Safari]をクリックし、[環境設定]を選択します。 (2) 表示されるウインドウで[セキュリティ]をクリックします。  ↓ (3) [プラグインを有効にする]と[JavaScriptを有効にする]にチェックを入れます。  ↓ (4) 「セキュリティ」ウインドウを閉じます。   ■Chromeの設定方法 (1) メニューの[レンチマーク]をクリックし、[オプション]を選択します。 (2) 表示されるウインドウで[高度な設定]をクリック。  ↓ (3) プライバシー項目の[コンテンツ設定]ボタンを押します。  ↓ (4) JavaScriptの[すべてのサイトでJavascriptの実行(推奨)]にチェックを入れます。  ↓ (5) 「オプション」ウインドウを閉じます。

近鉄資料館

  • 近鉄ストーリー
  • バー

大軌デボ1

大軌デボ1は、近鉄の前身・大阪電気軌道が大阪~奈良間開業に備え新造した木造電車。第一次世界大戦勃発の前年、大正2年12月から翌年の3月にかけて、18両が製造されました。1~15号車は汽車会社、16号車~18号車は梅鉢鉄工の製造。上本町~奈良間を55分で結び、運賃は30銭でした。ちなみに、大阪名物きつねうどんが2銭の時代です。 

大軌デボ1 あゆみ

ポールカーとして誕生した大軌デボ1は当初、単車(1両)でがんばっていました。
大正末期にには自動連結器を取り付け、昭和5年にはパンタグラフ使用となりました。昭和17年に「デボ」→「モ」に変更、また8年後にはモ200系と名が変わりました。他の木造車両が鋼鉄製車体に改造されていく中、戦後もこの車両は鋼体化改造を行わず、橿原線、天理線等でも木造車両のまま運用されました。寄る年波には勝てず、昭和39年、東京オリンピックの年に廃車となりました。

大軌デボ1 車両性能

電動機は123Kw×2の大出力車で、電気制御付でした。同じころうぶ声を上げた関西の他社車両が、37Kw~48Kw×4程度の装備であったといいますから、その力持ちぶりがわかります。これは生駒越えという難関を控えていたため。その生駒トンネル(初代)、全長は3,388mで当時は国鉄笹子トンネルに次ぐ長さ。広軌としては日本一。

デボ1 3200系(現在の京都線通勤車両)
最大長さ 約14.8m 約20.5m
最大巾 約2.5m 約2.8m
最大高さ 約3.7m 約4.1m
電圧 600V 1,500V
定員 100人 145人
座席 48人 62人
自重 22.3t 37.0t

大軌デボ1 車両性能

大軌デボ1
豪華な室内

車体は15m長、片側3扉で、正面は半円形の5枚窓とし、乗降用ステップをなくした平床構造。車体は底光りするゴージャスなうるし塗り。大正時代の電車の特徴であるクラフトマンシップも、車内の随所に見ることがで きました。彫刻をほどこした柱やひじ掛け、花模様のシート地、趣きのある室内灯のデザインなど、デボ1は内外装ともに豪華さを誇っていました。

大軌デボ1 兄弟たち

デボ1のような、正面がカーブ状をなして非貫通・5つ窓というスタイルの電車はその後も量産されました。デボ51は大正7年、その3年後に開通する 西大寺~郡山間のために製造された小形車といわれています(5両)。2年後にはデ ボ1と座席の長さが異なるだけであとはほぼ同じという、デボ19が登場しました(10両)。そして大正11年~13年にかけてデボ61が大量生産され(42両)、このグループは奈良線や橿原線の主力車両となりました。

ページトップへ